eマーケティングの新潮流<連載>
東京工科大学メディア学部  准教授  進藤美希

【執筆者プロフィール】

  • 進藤 美希(しんどう みき)
  • 青山学院大学大学院 国際マネジメント研究科 博士後期課程修了。博士(経営管理)
  • 日本電信電話株式会社を経て現職。
  • 著書に「インターネットマーケティング」(白桃書房)、「コミュニティメディア」(コロナ社)など。

第2回 スマートフォンを使ったビジネス

日本におけるスマートフォンの保有率は、博報堂DYグループ・スマートデバイス・ビジネスセンターの調査によると、2013年3月で45%を超えました[1]。アメリカでは、すでに、スマートフォンを56%のかたがお使い[2]ですので、日本においても、遠からず、半数以上のかたがスマートフォンを使われる時代がやってきます。
このような時代を迎え、スマートフォンを通してどのようにビジネスを発展させ、売上に結び付けていくかにご関心があるビジネスパーソンのかたも多いのではないでしょうか。

スマートフォンを使ったビジネスについて考えるにあたり、まず、お客様がスマートフォンで何をしていらっしゃるかについて調査した資料を見てみましょう。ハーバードビジネスレビューによると、スマートフォンをお使いのお客様が最も長い時間を費やしているのは、買い物や友人とのコミュニケーションではなく、実は、リラックスや娯楽目的の行動に対してでした[3]。こうしたリラックスや娯楽に費やす自分の時間は「ミー・タイム; Me Time」と呼ばれています。調査によると、ミー・タイムはスマートフォン利用時間の実に46%を占めていました。それはそうかもしれません。夜、シャワーを浴びた後、ベッドにねそべってスマートフォンを使うとき、人は、あまり、目的を持った活動はしないものではないでしょうか。

このスマホのミー・タイムに入りこんでビジネスをすることはなかなか難しそうではありますが、いったん成功すれば、ひとりひとりのお客様とダイレクトにつながって、深堀りし、かつ、多くのお客様へリーチすることが可能になるでしょう。

日本において、それに成功しているケースとして、今回は、「パズル&ドラゴンズ(パズドラ)」のケースをご紹介しましょう。これは、ガンホー・オンライン・エンターテイメントが提供するスマートフォン用のゲームアプリです。モンスターを集め育て、パズルでバトルするという、ロールプレイングゲームとパズルゲームの面白さを兼ね備えたゲームです。2012年2月にリリースされて以来、2013年5月には累計ダウンロード数が1400万を突破、iOSのApp Storeのランキングで1位、AndroidのGoogle Playのランキングでも1位を獲得するなど、大変なヒット作となっています[4]

このパズドラの大ヒットにより、提供元のガンホー・オンライン・エンターテイメントの平成24年度営業利益は対前年度比690.1%増の92億9800万円、経常利益は同じく505.5%増の93億3500万円と大躍進をとげています[5]。いまどきこのような大増収はめったにお目にかかれません。では、なぜこれほどまでにパズドラはヒットしたのでしょう。

パズドラは、日ごろあまりゲームをしないお客様であっても、すぐに遊ぶことができるという点が最初に挙げられます[5][6]。誰でも簡単に楽しめるため、幅広い層に受け入れられ、大きなヒットとなりました。しかしそれだけではありません。非常にすぐれたゲーム性、面白さがあります。ゲームを愛する人、いわゆるコアゲーマーは、これまで、単純なソーシャルゲームを楽しめない場合がありました。しかしパズドラはこうした人にも楽しんでもらえる内容となっています[6]

また、ソーシャルゲームと言われるゲームが過去、子供などへ過大な金額を課金するようなしかけを作って社会的な批判をあびたことをふまえて、課金についても工夫をこらしています。魔法石とよばれるアイテムは1つ85円という気軽な値段で買うことができ、この程度の値段であれば買ってみようというお客様をひきつけています[6]

さらに、パッケージになったゲームとは異なり、ネットワーク経由で容易にソフトウエアを変更できるというメリットを活かして、お客様のご意見を迅速に反映していくなどの努力が行われている点も見逃せません。
このように大ヒット中のパズドラですが、製品としてマーケティング的に分類するなら無形財であり、また、エンタテインメント分野の製品です。ゆえに、このジェクシード社のサイトをごらんのみなさまは、ご自身のビジネスとは関係ないとお考えになるかもしれません。

しかし、そうではありません。
もし、あなたが、企業向けのシステム構築をなりわいにしていらっしゃるならば、ぜひ、エンタープライズ・モバイル・アプリの開発、販売を行ってみてはいかがでしょう。この分野では、パズドラのようなキラーアプリは、まだないといっていい状態であり、大きなチャンスがあります。従来の企業システムの構築とちがって、個人がプライベートでも使うスマホ上でエンタープライズシステムを動かすことにともなう問題はありますが、BYOD(Bring Your Own Device)の風潮はますます高まるでしょうし、期待できる市場と言ってよいでしょう[7]

また、パズドラが、お客様の心を動かし、楽しさを与える製品である点に着目して、ビジネスをひろげることもできます。
社会が成熟し、生活に必要なものがゆきわたっている今、お客様は、それほどかんたんに財布をひらいてくれなくなっています。こうしたなかでも、人は、心を動かされるような美しいものや、感動を与えてくれるもの、また、楽しさを与えてくれるものには積極的にお金をはらいたがることが知られています。パズドラは、まさに、その点に集中してビジネスを展開し成功したケースと言うこともできます。

eマーケティングというのは、ともすると、コンピュータやスマートフォンを使った「冷たい」マーケティングと思われてしまうことがありますが、実は違うのです。もちろん、信頼できるシステムやソフトウエア、ネットワークを構築することは大切です。しかし、その上で展開するビジネス、サービスは人の心に焦点を合わせることが重要になります。

スマートフォンを巡るビジネスは、今後ますます発展することが期待できますね。

  1. 博報堂DYグループ・スマートデバイス・ビジネスセンター
    全国スマートフォンユーザー1000人定期調査第5回」2013年5月14日
  2. 日本経済新聞「米国成人のスマートフォン普及率は56%」2013年6月7日
  3. ハーバードビジネスレビュー編集部「モバイル機器はどのように使われているのか」
    ダイヤモンドハーバードビジネスレビュー2013年7月号、ダイヤモンド社
  4. パズル&ドラゴンズ
  5. 日経トレンディネット「パズル&ドラゴンズ 面白さを追求し続けた結果の大ヒット」2013年4月5日
  6. 新清士「ガンホー パズドラ、大ヒットさせた絶妙な仕掛け」日本経済新聞、2013年3月8日
  7. TechCrunch Japan「モバイル・アプリがポストPC時代のエンタープライズ・ソフトウェアの主役になる条件」2013年6月12日