内部留保の果たす役割

はじめに

「会社の業績は好調なのに、なかなか待遇が改善されない。それは何故か。会社が利益(内部留保)を溜め込んでいるからに違いない。」

昨年、非正規雇用者の待遇改善問題において一躍話題となった「内部留保」という言葉。従業員の雇用確保・雇用維持に尽力すべきだという労組側の意見は至極全うである一方、企業側も簡単には内部留保を切り崩せないと主張し、労使間のせめぎ合いが大きな問題となりました。

では、企業内部には本当に隠し玉のような利益が蓄積されているのでしょうか。

内部留保とは

そもそも内部留保とは、企業の税引後利益から、配当や役員賞与などの形で社外流出する分を除いた額を表します。会計上の勘定科目で言うと、主に利益剰余金や資本準備金という「純資産の部」に計上されている項目がこれに該当します。

純資産とは、一言で言うと『返済不要な企業の軍資金』という意味合いを持っています。ではこの内部留保、必要に応じて企業は簡単に切り崩すことが出来るのでしょうか。答えは"NO"です。
言葉の響きから、隠し持った現金というイメージが先行しがちですが、この内部留保は、企業内の様々な資産(土地・建物・機械等)に形を変えて企業に存在しています。いわば、次期の利益調達の手段に変化しているということです。

従って、内部留保を切り崩すということは資産を減少(売却)させることを意味し、それは即ち、次期の企業活動の縮小を余儀なくされるということに他ならないのです。
内部留保の蓄積は、企業活動の更なる拡大を担う重要な源泉となっているのです。

内部留保の果たす役割

企業を拡大することの他にも、内部留保はとても大きな役割を担っています。より顕著に現れるのは、企業間(B to B)取引においてです。

企業間取引において、多くの日本企業は”長期”取引を前提として行動しています。売掛金、買掛金という勘定科目を用いた掛取引や手形取引などが普通に成立している背景には、企業間同士の「信頼」が必要不可欠です。企業の信頼性(+健全性)を高める最も有効な手段の一つは内部留保です。企業に何らかの大きな環境変化が生じた際、内部留保があれば、その環境に応じた投資(研究開発費や設備投資、戦略投資等)を迅速にかつ自由に実施ことができます。

内部留保の少ない企業では、環境変化に適合させるため多くの負債を調達しなければなりません。環境変化の度に財務リスク(負債)が増加する企業よりも、返済不要な軍資金(内部留保)で経営を廻している企業の方が信頼が厚くなるのは、火を見るより明らかです。

さらに、内部留保が潤沢にある企業は倒産リスクが低く、金融機関からの信頼も厚くなります。その為、必要とあらばより有利な条件で融資を受けることも可能になります。他にも、株式会社であれば投資家の信頼を得ることで株式価値が上昇し、企業価値の向上を期待することもできます。

内部留保を蓄積することは、企業に二重三重の様々なメリットがもたらし、それが更なる相乗効果を産み出す、という良い流れを作る源泉になるのです。

おわりに

では、『内部留保は溜められるだけ溜める』というのはベストな選択なのでしょうか。その答えは決して"YES"ではありません。

過日発生した未曾有の大災害では、大企業に限らず、中小企業や零細企業に至るまで、多くの企業が多額の義援金・支援金を寄付したことは記憶に新しいのではないでしょうか。
将来』の企業拡大に備えて資金(内部留保)を蓄積することは重要ですが、それと同時に、『今』の暮らしにも目を向けなくてはなりません。

自然災害やそれに伴う様々なリスク、年金を始めとする将来への不安、アジア諸国の台頭、終わりの見えない円高などなど...、現在の日本の経済環境は、国内外を問わず非常に不透明となりつつあります。
このような環境の中で企業は、最終的に残った利益をどのように配分するのがベストな選択なのか、経営者には非常に難しい舵取りが迫られているものと思われます。

しかし、会社は経営者だけのものではありません。『今』に目を向けた短期的視点と、『将来』の拡大を見据えた中長期的視点を上手く組み合わせ、どのように利益を配分するべきか、経営者と従業員が一緒になって真剣に考えてみるべき時代が到来したのではないでしょうか。

コラム担当:イノベーションデザイン推進部
山崎 正彦

※執筆者の所属は執筆当時のものであり現在とは異なる場合があります。