スポーツとビジネス

はじめは誰もが原石

日本を代表するプロテニスプレイヤーである錦織圭に初めて会ったのは、彼が小学5年生の夏だった。その年の全日本小学生選手権大会を観戦した際、初めて彼のテニスを見た。試合後に少し会話をした記憶はあるのだが、その内容はさっぱり覚えていない。当時はそれほど印象の強い子ではなかった。今や世界に通用する唯一の日本人プレイヤーである彼も、その頃はただのひとつの「原石」にすぎなかった。

余談ではあるが、その時ジュニア育成担当コーチが言っていた、
「私は原石を見つけただけ。」というコメントは、後に「名言」として広く一般に知られるようになる。

結果的にその年の全小では、錦織圭は準々決勝で敗れベスト8に終わった。しかし、翌年、小学生最後の年に出場した同大会では、群を抜く圧倒的強さであっさり優勝し、前年のような複数選手のせめぎあいを見る事はなかった。彼のテニスは小学生のレベルをはるかに超えており、実力も評価もこの一年で大幅にアップし、世界に通用するジュニア選手として期待され始めたのはその頃である。

どのようにして原石に磨きがかかったのか

この一年で何が起こったのか?
先の担当コーチの言葉を借りるのであれば、一年前はただの原石にすぎなかった石コロに磨きがかかったという事になるが、実はそこにはいくつかの必然的な要素がある。

小学生の段階で、彼の視野はすでに世界に向いていた。日本一というレベルは彼にとっては通過点でしかなく、世界一を自己目標として強く認識していた。事実、彼は小学校卒業後、全日本レベルの試合にはまったくエントリーしていない。彼のその意識は、周辺の関係者達を動かし、小学校卒業と同時にフロリダのボロテリーテニスキャンプに留学する道を開く事になる。そこには、世界中から世界一を目指す同年代のジュニア選手達が集まり、互いにしのぎを削る環境があった。そしてそこは、指導体制は万全ではあるが、同時に可能性の無い者をふるいにかける事にもシビアな環境だった。日本からも同年代の複数のジュニア選手が共に海を渡ったが、複数年にわたり「世界レベル」に生き残る事ができたのは錦織圭ひとりだった。その後の錦織圭の活躍は広く一般に知られる通りである。

磨きのプロセス

改めて、ここに至るまでの「必然的要素」を整理すると下記の通りとなる。


  • 明確な高い自己目標を持った事 : 日本一ではなく世界一
  • 目標に賛同する協力者に恵まれた事 : 夢の共有、投資対象となるポテンシャル
  • 可能性を感じさせる客観的事実があった事 : 急速な成長、実績
  • シビアな環境に自らを置いた事 : 自ら退路を断ち渡米、プロ登録
  • 現在も成長途上である事 : 目標達成意思の継続、ランキングアップ、グランドスラム

さて、このプロテニスプレイヤー錦織圭の事例を、ビジネスの現場にあてはめてみよう。我々ビジネスマンも、誰もが少なくとも「原石」のひとつになりうる事はできるはずである。そして、成功する者とそうでない者が発生する事も同様に事実であり、原石にどう磨きをかけて成功に導くかがカギと言えよう。それは、スポーツもビジネスも同じであるはずである。改めて、上記各要素をビジネス現場的要素に整理してみると、下記の通り、我々ビジネスマンにとって日常的に非常に見慣れた項目ばかりが並ぶ事になる。


  • 目標:会社目標、部門目標、個人目標、自己研鑚
  • 協力者:会社、上司、同僚、部下、場合により顧客
  • 成長と実績:目標達成プロセスおよび結果
  • 環境:会社、部門、プロジェクト、担当業務全般
  • 更なる成長:実績および次期目標

従って、誤解を恐れず極論を言ってしまえば、プロスポーツの世界で成功する事も、ビジネスの世界で成功する事も、成功に至る過程において、その要素自体には大差は無いという事になる。目標の達成のために、自分自身が明確な高い意識を持ち、それを継続させ、周辺に理解させ、協力を求め、厳しい環境を厭わず、そして結果を実績として積み上げてゆく。そう、はじめは原石である事と同じように、成長過程要素もほとんど同じである。

心・技・体

また、別の観点から、スキル要素についても、スポーツとビジネスの共通点を整理してみたい。種目に限らず、またプロ・アマといったレベルステージにかかわらず、スポーツで成功するためには、身体成長に合わせた基礎技術習得から応用技術習得への過程で「心・技・体」を高いレベルでバランスさせる事が必要であり、メンタル、テクニック、フィジカルのこれら3要素のどれひとつが欠けても大成できないといわれている。これを、ビジネス上のスキル要素と結び付けてみたい。


  • 心(メンタル):ヒューマンスキル
  • 技(テクニック):テクニカルスキル
  • 体(フィジカル):ジョブスキル、ビジネススキル

仕事を成し遂げる強い気持ち(心)、それを実現させる具体的遂行技術(技)、成功するための環境を整備する能力(体)。上記の通り、明らかに要素は共通しており、各要素を高いレベルでバランスさせる事が、最大パフォーマンスを導く事については完全に一致していると言える。

まとめ

最後にまとめとなるが、この通り改めて整理すると、スポーツとビジネスには成功に至る過程において多くの共通点がある事に気がつく。ビジネスの現場には、人材育成・人材開発といったメソッドは多々あり、実行している会社も多くあると思うが、ひとつの新たなメソッドとして、スポーツ選手の成功(あるいは失敗)を例にしたメソッドも有効ではないかと思う(機会があればぜひ手がけてみたい)。ある選手について、現在の成功に至るまでの過程をジュニア選手の頃、ひとつの「原石」だった頃からの記録を追い、背景や裏話まで含めて整理してみたりすると、非常に興味深い新たな発見があるのと同時に、多くのビジネスに役立つヒントを発見する事がある。興味があれば、まずは個人レベルからでも、ぜひ試してみていただきたい。

コラム担当:イノベーションデザイン推進部
小西 洋史

※執筆者の所属は執筆当時のものであり現在とは異なる場合があります。