「BABOK」でシステム開発が変わる

はじめに

企業のシステム開発における失敗の原因として最も挙げられるのが「要件定義の不備」。実際、日経コンピュータ(2003.11)のアンケート結果によると、「要件定義の不備」は失敗原因の40%にあたるという。また、納期・コストを守って要件通りのシステムを開発した成功プロジェクトでも、結果的には「使えない」「使いにくい」「使われない」システムとなっている場合もある。「一般に、開発したシステムの6割の機能が使われていない」と言われるところからもそれがうかがえる。これも結局「システム企画」や「要件定義」が不十分なために、ユーザの本当の要求をきちんと把握できなかったのが原因である。

そこで、最近注目を集めているのが「BABOK」。経営課題を分析してシステム化計画を策定するところから、要件定義までの「超上流」と呼ばれる工程に役立つもので、そのための知識・技法などが体系立ててまとめられている。
このコラムでは、非常に簡単ではあるがBABOKを紹介するとともに、BABOKにおける要件定義の考え方についてふれたいと思う。

BABOKとは

BABOKとは、Business Analysis Body Of Knowledge(ビジネスアナリシス知識体系)の略で、文字通りビジネスアナリシス(BA)を行うために必要な活動(Task)や技術(Technique)などが体系立ててまとめられたものである。では、ビジネスアナリシスとは何か? これは、組織の構造や思想、業務内容を理解し、顧客にとって本当に価値のあるもの・必要とされていること(=ユーザの要求)を業務の関係者と一緒に背景から掘り起こし、明確にしていく作業のこと。そして、この作業で明確にした「要求」に基づいて、ビジネスニーズを満たす具体的な「ソリューション」が構築される。このソリューションは、必ずしもシステム開発を伴うわけではなく、組織改革やプロセス改革でもいい。

では、なぜこのBABOKがシステム開発において注目されているのだろうか。

なぜBABOK?

システム会社は、ユーザの要求を「どのように(HOW)」システムで実現するかということについては長けているが、「どんな(What)」システムが必要なのかということについては不得手であることが多いのではないだろうか。さらに、「正しい要求」はユーザが認識しているのでそれをヒアリングすればいいという前提で作業をしてしまう傾向もある。

一方、「どんな(What)」システムが必要なのかということを認識しているはずのユーザは、実は自分の業務にとって本当に必要なシステムが何かをはっきり提示できないことも多く、「正しい要求」を説明できないことがある。これでは、システム会社側、ユーザ側のどちらからも「正しい要求」を獲得することができない。

そこで、「正しい要求」を明確化するための作業を実現する手段として、BAに注目が集まるようになってきた。BAには、「正しい要求」を獲得するための活動がすべて含まれているのである。

BABOKにおける要件定義の考え方

「正しい要求」と一言で表現しているが、実はBABOKではこの「要求」を様々なレベルにわけて定義している。これは、要件定義の前の作業に注力する必要があるといった考え方に基づいており、システム開発における要件定義(要求)だけでなく、その前のシステムの方向性や構想を決める「超上流」工程における要求を明確にする作業も体系立てて定義している。

「どんな(What)」を明確にし、「正しい要求」を獲得するためには、単にシステム要求だけを見るのではなく、システムの目的である業務における要求(目的)や戦略における要求(目的)まで視点を上げる必要があるのだ。
具体的に言うと、BABOKでは「要求」を4つにわけて定義しており、BAはこの4つの要求を決めていく作業なのである。

  1. ビジネス要求:企業全体の目的や目標を記述したもの(=企業戦略における要求)
  2. ステークホルダー要求:利用部門など特定のステークホルダーによる要求を記述したもの(=ビジネス要求を達成(実現)するための業務における要求)
  3. ソリューション要求:ビジネス要求やステークホルダー要求を実現するためのソリューションの特性を記述したもの(=「要件定義」に該当)
    ※ここでいう「ソリューション」はITに限定されない。
  4. 移行要求:ソリューション要求をスムーズに実装(移行)する為に必要なスキル・機能を記述したもの(=現状【As-Is】とあるべき姿【To-Be】との間にあるギャップ)

このように、BABOKは要件定義の知識体系といった狭い範囲のものではなく、企業の経営分析や経営企画、情報化企画といった「超上流」にまで焦点を当てている。超上流の2つの要求が決まってはじめて、その要求を実現するための「ソリューション要求」が決まってくるのである。

おわりに

今後、システム開発で重要視されるのは「どのように(How)」システム開発を行うかではなく、「どんな(What)」システムが必要なのかということであり、ユーザもシステム会社もここに注力していく必要がある。その重要性を認識し、既に組織的にBABOKの活用を始める企業も多い。

例えば、パスモでは2009年から情報システム部門が業務の活動指針としてBABOKを参考にしており、今後開発標準にも使う予定である。また、NTTデータでは、要件定義の前段階としてシステムの基本構想を策定する「基本構想立案プロセス」にBABOKのタスクを組み込んで開発標準を作成している(2009年) 。
このように、ユーザが本当に必要とするシステムに近づけていくためには、BABOKを手掛かりに上流工程をより強化し、その品質を向上させていくことが、今後のシステム開発では重要になってくるのではないだろうか。

コラム担当:イノベーションデザイン推進部
関戸 恵理子

※執筆者の所属は執筆当時のものであり現在とは異なる場合があります。