無形資産デフレーション

IT革命は、経済成長をもたらしたのか

1995年マイクロソフト社「Windows95」の発売を機にパソコンが一般家庭に普及し、米国発の情報技術革命(IT革命)は一気に加速することとなった。IT革命は、情報通信機器を駆使した各種技術や製品、サービスを次々に生み出し、イギリス産業革命(18世紀)以来の人類大革命ともてはやされ、米国経済のみならず、山一證券の自主廃業(1997年)や長期信用銀行の経営破綻(1998年)の破綻が相次いだ金融不況下にあった日本経済をも牽引した。

1998年当時13,000円台であった日経平均株価は、わずか1年半で20,000円の大台を回復、景気は底入れしたかに思われたが、翌2000年にITバブルは崩壊、この10年間一度も20,000円の大台を上回ることなく、現在は10,000円(2010年11月)とIT革命前よりも低迷している。

景気は低迷している一方で、IT投資は今も尚増加し、その成長は留まるところを知らない。IT導入により企業は業務が効率化され、その労働生産性は大幅に上昇した。短期的には企業業績を回復させた。
しかし、IT導入による急速な効率化は、深刻なデフレーションを引き起こし、中長期的には経済成長を継続できず、景気回復の決定打とはならなかった。

「無形資産」のデフレーション

IT化によるデフレーションは自動車や家電製品など「有形資産」に留まらない。インターネット検索の驚異的な進歩により、「知識」「情報」といったいわゆる「無形資産」にもデフレーションが進行している。弁護士やコンサルタントに相談していた「専門知識」がインターネット相談で安売りされ、雑誌や書籍から収集していた「専門情報」がWebから簡単に取得でき、誰でも膨大な知識・情報が自宅に居ながら瞬時に手に入る時代となった。

こういった高度情報化社会で、単に「専門知識」を有するだけの人材も、デフレーションとともにその価値を急激に低下させている。逆に、膨大な情報・知識をどの様に選別・活用し、そこから新しい価値を創造できる能力を有する人材は、今も昔も常に不足している。

情報・知識を選別し、活用できる能力とはどの様な能力をいうのか、例を挙げて考えてみたい。

デフレーション時代に求められる能力

ハーバード大学教授で経営コンサルタントであるRobert L. Katz氏は、ビジネスパーソンに必要な能力を3つに挙げている。

  1. Human-skill(ヒューマンスキル)
    「対人関係能力」:他者や周囲との円滑な関係を構築する能力

  2. Technical-skill(テクニカルスキル)
    職務遂行能力」:職務遂行上、必要となる専門知識や業務処理能力

  3. Conceptual-skill(コンセプチュアルスキル)
    「概念化能力」:情報や知識を体系的に組み合わせ、複雑な事象を概念化することにより、物事の本質を把握する能力

以上の3つの能力は、ビジネスパーソン各々のステータスにより重要性が異なるとされる。この分類において、「テクニカルスキル」は「専門知識」を有する能力、「コンセプチャルスキル」は情報・知識を選別、活用できる能力と置き換えることができる。

先に述べた様にIT社会では無形資産デフレーションにより、「専門知識」(すなわち、テクニカルスキル)は、時間と共にその価値を失い、いずれマニュアル化され単なる「一般知識」となる日も早くなっている。逆に、情報・知識を選別、活用できる能力(すなわち、コンセプチャルスキル)は、常に求められている。

デフレーション時代において、テクニカルスキルを向上させるだけではただの現状維持に留まり、加えてコンセプチャルスキルも身に付けていかなければ、能力アップは計れず、時代の要求に答えられなくなっている。

コンセプチャルスキルを身に付けるには

不景気が続き、十分な研修期間を設けることが出来ない企業では、OJTによる人材育成が増えてきていいる。先輩社員に同行し、議事録の作成や指示された資料を作る。そして、徐々に仕事の幅を広げ、先輩社員同席の下でプレゼンを行い、また部分的なファシリテーションを担当するようになる。OJTは段階的・計画的に経験を積ませることにより短時間で知識を習得できる。しかし、一般的なOJTではコンセプチュアルスキルを身に付けることは出来ない。業務を優先する先輩の知識や仕事の段取り、課題解決方法等を学ぶ、すなわちテクニカルスキルを学ぶに過ぎない。

では、コンセプチュアルスキルを身に付けるにはどうしたらいいのだろうか。習得方法として、Robert L. Katz氏は、次の2つの方法を挙げている。

1つは、ジョブローテーションである。できるだけ多くの組織部門をローテーションにより経験することで、部門組織内のそれぞれの役割、部門間の関係性を理解し、特定の部門にとらわれない全体としての見方が養われるとしている。

そしてもう1つは、コーチングである。他者のコーチングを受けながら、問題の関係性や本質を分析していくことが有効であるとしている。

人材育成を考える

IT革命は、経済活動に大きな変化をもたらした。企業のビジネスモデルだけでなく、人材育成もまた変化している。ビジネスマナー研修、資格取得や語学研修、Eラーニングやビジネススクール、様々な選択肢が存在するが、今一度人材育成について考え、時代にあった研修を選択しなければならない。

IT化が更なる効率性をもたらし、人員の過剰供給が続くならば、企業は人材育成を放棄し、既に育成された人員だけを採用する、そんな時代が来るかもしれない。

参考文献:

  • Katz,R.L 「Skills of effective administrator」Harvard Business Review (1955)

コラム担当:イノベーションデザイン推進部
三橋 輝久

※執筆者の所属は執筆当時のものであり現在とは異なる場合があります。