成果主義の歪みを考える

はじめに

バブル崩壊後、企業は長期デフレで業績が伸びず、設備投資の抑制、業務経費の削減を進めることにより、利益を確保してきた。しかし、景気が上向く気配はなく、企業活動の源である人件費に手を入れることになった。中高年齢層のリストラ、新規採用の縮小、パートタイマーや派遣社員といった非正規雇用の活用、そして正社員の報酬形態や人事制度改革を進めている。

当コラムでは、人事制度改革において90年代後半以降、急速に導入が進んだ「成果主義」に注目してみたい。

成果主義とは

「成果主義」とは、業務遂行の「過程」と「結果」に基づく評価という考え方であり、人事制度上では、各従業員の業務の成果(過程と結果)を報酬や昇進の評価基準とするものである。

「成果主義」のメリットの1つに、各従業員の業務遂行に対するモチベーションを引き出す効果があるという点が挙げられる。

企業は多数の従業員を抱え、従業員一人一人の業務遂行について完全には把握出来ない状況が生じた場合、熱心に働いている従業員とそうではない従業員とを明確に区別することが難しくなる。この時、従業員は熱心に働いても働かなくても評価は同じとなるため、業務遂行に対するインセンティブを失うことになる。

そこで、企業は「成果主義」を導入することにより、懸命に働いて成果を挙げた従業員には、より良い報酬や評価を与えるというインセンティブを付加することができる。インセンティブを得た従業員が個々の能力を最大限に発揮し、企業としての総合力を最大限に高めることにつながるのである。

成果主義の問題点

90年代後半以降、各企業はこぞって「成果主義」を導入することとなる。
厚生労働省が発表した「平成21年度就労条件総合調査結果の概況」によると、およそ60%の企業が報酬額等の決定要素を「社員の業績・成果」とするアンケート結果が出ている。

ところが最近、「成果主義」の問題点を指摘する意見が、さまざまな箇所で目立って登場してきている。その多くは、企業側の「成果」に対する評価に対し従業員の理解が得にくいという点である。

本来、従業員にインセンティブを与え、モチベーションを引き出していくはずの「成果主義」において、従業員に生じる不満はどこからくるのか。その原因をリスクプレミアムの観点から考えてみたい。

リスクプレミアムを考える

資産運用においては、リスクが高い投資ほど、より高いリターンが要求される。

例えば、リスクが小さい安全資産として国債、価格変動が大きいリスク資産として株式とを比較してみると、過去約30年間において、国債の期待リターンは2%程度であるのに対し、株式(東証株価指数:TOPIX)の期待リターンは7%であった。
この数値から、株式を保有する、つまり投資家が価格変動リスクを負うことに対して、約5%のリターンを要求していると推測される。一般に追加的なリスクを負担する場合、そのリスクに見合うリターンの増加分を要求する。この増加分を、経済学ではリスクプレミアムと呼んでいる。

このリスクプレミアムを「成果主義」における企業と従業員とに置き換えて考えてみる。

従来、一定(安定)した報酬を従業員に支払い、企業が業績の変動リスクを負っていた。一方、「成果主義」では従業員が業績変動リスクを負うことになり、企業は従業員の成果に応じて増減した報酬を支払えばよく、業績変動に対するリスクの一部を従業員に転化できる様になった。

例えば、業績が悪くなっても、その分従業員への報酬を下げれば、企業は損失を低減することができるのである。
つまり、企業が負っていた業績変動リスクの一部を、従業員に転化させるということになるため、企業は従業員に対して、そのリスクに見合ったリターン(報酬)を支払う必要がある。

以上のことから、「成果主義」の導入により、企業が全従業員に支払う報酬(総人件費)は転化したリスクプレミアムの分だけ上昇するということに結論付けされる。

成果主義という名の総人件費カット

リスクプレミアムの観点から、従業員が業績変動リスクを負い、そのリスクに見合ったリターン(報酬)を受取ることが出来れば、従業員のモチベーションを引き出すことができる。

しかし、企業と従業員との間には情報の非対称性から、従業員の業績変動リスクを負うことに対する理解不足、企業が支払う報酬の過少評価等、当初のリスクプレミアムに比べて過大なリスクを取らせ過ぎていることが従業員のモチベーションを低下させている1つの原因だと思われる。

リスクプレミアムの過少評価なら未だしも、「成果主義」導入の前後で、企業における総人件費が同額である場合には、従業員の受取るリスクプレミアムはゼロということになり、「成果主義」という名の総人件費カットと何ら変わりがなく、従業員のモチベーションが低下し、不満が生じるのも自然な結果である。

人事制度改革を考える

長引く不況の下、企業はさまざまな業務経費を削減し、人件費圧縮も進めてきた。その中で、本来人件費を上昇させるべき「成果主義」を、人件費圧縮を目的として導入したところに、「成果主義」がうまく機能しない原因があるのではないだろうか。

経済学上、「成果主義」は、人件費を圧縮したいという目的には不向きであり、かつ、相反するものである。
その点では、人件費を圧縮したい時期においては、「成果主義」を導入しても本来期待される効果は得られないため、導入を見合わせることも賢明である。
逆に、「成果主義」をうまく機能させるためには、人件費が上昇することを認識した上で導入を検討した方がよい。

2008年9月のリーマンショック以降、世界を取り巻く未曾有の金融危機の下、大幅リストラ、派遣切り、と急激な雇用悪化が続く一方で、登録派遣業の禁止や最低賃金の引き上げなど労働弱者の支援策も出てきている。その中で、一般企業における人事制度改革も今一度、見直していきたい。

参考文献:

  • 「平成21年度就労条件総合調査」 厚生労働省
  • 「成果主義賃金の機能不全と不十分なリスクプレミアム」 出島敬久(上智大学経済学部教授)

コラム担当:イノベーションデザイン推進部
三橋 輝久

※執筆者の所属は執筆当時のものであり現在とは異なる場合があります。