分散投資を考える

はじめに

「卵は1つの籠に盛るな」という有名な投資の格言がある。全ての卵を1つの籠に盛っていると、籠を落とした時に全ての卵が割れてしまう。複数の籠に分けていれば一度に全ての卵が割れることはない。これは、経験則から生じた格言である。

リスクある投資の世界において、同じ金融商品に全ての資産をつぎ込むと「万が一」の事態に全ての資産を失い、路頭に迷うことになる。したがって、適度に分散された複数の金融商品に投資することで資産が保全される、というのが投資の基本とされている。

昨今の金融危機、長引く経済不況、より安全性を好む国民性もあり、こうしたリスク回避に関する記事を目にすることが多くなった。当コラムでは、投資のリスク回避として用いられている『分散投資』について視点を変えて考えてみたい。

分散投資とは

投資の基本とされる『分散投資』は、代表的な金融商品である「国内株式」「国内債券」「外国株式」「外国債券」の4つにバランスよく投資することを一般的に薦めている。加えて最近では、金融資産の他に実物資産として「不動産」や原油、金といった「商品」を加えた『分散投資』を薦めている記事も増えてきている。
実際、過去の運用成績や一定の比率で分散投資したシミュレーションでは、個々の金融商品それぞれのリスクが補完し合い、一時的な損失はあるものの長期間安定したリターンを上げている結果がよく散見される。確かに『分散投資』はリスク回避に一定の効果があるようである。

私が社会人として働いてちょうど10年が過ぎた。2001年から直近2011年まで直近10年間に代表的な4つの金融商品に分散投資をした場合のシミュレーション結果はどうだったのだろうか。

・・・・・非常に残念な結果だったようである。
「国内株式」の代表的指標である日経平均株価は小泉内閣発足後の14000円台から東日本大震災の影響もあり8000円台と約35%下落、ドル安・ユーロ安の超円高により「外国株式」「外国債券」の外国資産も大きく毀損した。基軸通貨ドルにおいては実に約40%と大幅に下落(ドル安円高)している。唯一「国内債券」だけが壊滅的なダメージを受けずに済み、一番リスクが低い「国内債券」が一番リターンを上げたという皮肉な結果となった。

上記はシミュレーションの一例で投資対象や分散方法(時期、期間、比率等)によって結果は大きく異なり、決して『分散投資』のリスク回避効果を否定するものでは全くない。
しかし、『分散投資』が、「リスク回避」=「安全・安心」という図式はなく、安易に『分散投資』を過信してはならない。

今度は視点を変えて、事業への『分散投資』を考えてみる。

事業の『分散投資』、つまり、様々な事業を展開する多角化経営を例に挙げる。

ある事業の業績が悪化しても、他の事業によってそれをカバーできるということが多角化経営のメリットのひとつ。単一事業あるいは関連性の高い事業同士では、市場や環境の状況により共に業績悪化という事態もありうるが、逆に関連性の低い事業を複数展開しておけば相互補完により業績悪化を回避(軽減)できる効果が期待できる。

多角化経営には事業部間の業績変動のリスク回避の他に、新規事業への投資が本業の成長鈍化や成熟による売上逓減を補完する等の効果も生み出す。

90年代以降、M&Aブームを機に大企業の多くが成長過程での多角化経営を採用し、欧米企業のようなコングロマリットを目指していくようになった。経済産業省から発表されている企業活動基本調査によると中小企業も他事業へ進出し、ピーク時には実に70%近い企業が多角化経営を進めていた。

事業分散の限界

事業分散を進めながら新規事業への進出や同業者の買収を繰り返し、企業は成長を続けてきたが、日本には世界を代表する超巨大企業は未だ存在しない。逆に長引く不況のあおりを受けて、不採算事業からの撤退、事業の統廃合や売却の発表が相次ぎ、いわゆる本業回帰が起こっている。実際、複数事業の「分散」から本業「集中」することにより業績を回復させた事例は非常に多い。

事業における『分散投資』は有効に機能しないのであろうか。
事業の分散は、業績変動リスクの安定化や事業領域の拡大といったメリットを持つ一方で、各事業の専門知識の低下や経営判断の遅れ、事業分断による重複投資、非効率な人員配置、不採算事業の温存・継続といったデメリットも多い。

『分散投資』が機能しない理由のひとつに多くの企業が「限度を超えた分散」をしていることが原因とされている。関連性の低い事業同士の方がより分散効果が期待できるという理論が先行し、全体のバランスを考えず個々の事業を優先した結果、過度の分散が経営資源の非効率性という弊害を引き起こしているのである。

米国では、多角化企業は事業に特化した企業に比べて企業価値が劣るといった検証結果もあり、この現象は「コングロマリット・ディスカウント」なる表現で広く認識されている。

『分散投資』を考える

投資には常にリスクを伴う。リスクを軽減するにはやはり『分散投資』が有効だと思う。
しかし、リスクを軽減することは同時にリターン(収益)をも減少させてしまうことを忘れてはならない。リスクとリターンは常にトレードオフ関係にあり、「High Risk , High Return」「No Risk , No Return」である。どのリスクを回避し、どのリスクを取ってリターンを上げるのか。自身はどのリスクと向き合っていくのか、を考えて行動しなければならない。

ビジネスの世界においても自社の強みや弱みを分析し、各事業の運営方針に基づき「撤退・縮小すべき事業」「進出・拡大すべき事業」を選別し、「ヒト・モノ・カネ」の経営資源を適切に配分することが出来てはじめて『分散投資』が効果を発揮することは想像に難しくない。

低成長が続く日本、「選択と集中」で最適な『分散投資』を心がけたい。

参考文献:

  • 「企業活動基本調査」 経済産業省
  • 「多角化戦略が企業の価値に及ぼす影響について」 梅内敏樹

コラム担当:イノベーションデザイン推進部
三橋 輝久

※執筆者の所属は執筆当時のものであり現在とは異なる場合があります。